1375年
千年紀: | 2千年紀 |
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世紀: | 13世紀 - 14世紀 - 15世紀 |
十年紀: | 1350年代 1360年代 1370年代 1380年代 1390年代 |
年: | 1372年 1373年 1374年 1375年 1376年 1377年 1378年 |
1375年(1375 ねん)は、西暦(ユリウス暦)による、平年。
他の紀年法
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凡例
- 分類にある「日本」「中国」「中国周辺」「朝鮮」「ベトナム」は地域概念であり、特定の国家をさすものではなく、またその外延は便宜的に定めたものである。特に「*」の付された王朝の分類は仮配置であり、現在も「ガイドライン」のノートで対応を検討中である。
- 「中国周辺」は、「広義の北アジア、中央アジア、及びこれに隣接する中国の一部地域(ほぼ中央ユーラシアに相当)」を指す。
- 一段右寄せの箇条に掲げた元号は、その上段の元号を建てた王朝に対抗する私年号である。
- 仏滅紀元及びユダヤ暦は、現在のところ元年と対応する西暦年から逆算した数を表示しており、旧暦等の暦日の記述とともに確実な出典を確認していないので利用には注意されたい。
- 皇紀は日本で1873年の太陽暦採用と同時に施行された。
- 檀紀は大韓民国で1948年から1961年まで公式に使用された。
- 主体暦は朝鮮民主主義人民共和国で1997年から公式に使用されている。
- 仏滅紀元は紀元前543年を元年とするタイ仏暦を基準にしている。スリランカなどでは紀元前544年を元年としているので1を加算されたい。
カレンダー
- 1375年のカレンダー(ユリウス暦)
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できごと
- 4月14日 - エジプト出身のマムルークがキリキア・アルメニア王国の征服完了。この時
レヴォン5世(英語版)はフアン1世が解放するまでの数ヶ月間カイロで捕らわれの身となる。
- 6月18日 - フアン1世がレオノール・デ・アラゴンと結婚する。
日付不明
- ガルディキの戦い(英語版)が起きる。
- コルッチョ・サルターティがフィレンツェ共和国書記官長(英語版)に指名される。
誕生
「Category:1375年生」も参照
- ヴィルヘルム3世、上バイエルン=ミュンヘン公(+ 1435年)
- 上杉憲定、南北朝時代、室町時代の関東管領(+ 1413年)
- 大炊御門宗氏、南北朝時代、室町時代の公卿(+ 1421年)
- 京極高光、南北朝時代、室町時代の守護大名(+ 1413年)
- ニコラ・グルノン、フランスのルネサンス音楽の作曲家(+ 1456年)
- 島津久豊、南北朝時代、室町時代の守護、島津氏の第8代当主(+ 1425年)
死去
「Category:1375年没」も参照
- 2月9日(文中4年/応安8年1月8日) - 中巌円月、鎌倉時代、南北朝時代の臨済宗の僧(* 1300年)
- 3月21日(永和元年/天授元年2月19日) - 小早川貞平、南北朝時代の武将、沼田小早川氏の当主(* 生年未詳)
- 5月13日 - シュテファン2世、下バイエルン公、上バイエルン公(* 1319年)
- 8月4日(永和元年/天授元年7月7日) - 豊島輝時、南北朝時代の武将(* 生年未詳)
- 9月7日(永和元年/天授元年8月11日) - 渋川義行、南北朝時代の武将、室町幕府の九州探題(* 1348年)
- 9月22日(永和元年/天授元年8月26日) - 少弐冬資、南北朝時代の武将(* 生年未詳)
- 10月12日(永和元年/天授元年9月17日) - 花町宮邦省親王、鎌倉時代、南北朝時代の皇族(* 1302年)
- 10月24日 - ヴァルデマー4世、デンマーク王(* 1320年)
- 11月12日 - ヨハン・ハインリヒ・フォン・ルクセンブルク、チロル伯、モラヴィア辺境伯(* 1322年)
- 12月21日 - ジョヴァンニ・ボッカッチョ、フィレンツェの詩人、散文作家(* 1313年)
- イブン・シャーティル、マムルーク朝の天文学者(* 1304年)
- サンチョ・デ・アルブルケルケ、カスティーリャ王国の王族、アルブルケルケ伯(* 1342年)
- 毛利親衡、南北朝時代の武将(* 生年未詳)
- 劉基、明の軍人、政治家、詩人、軍師(* 1311年)
- レオノール・デ・シシリア、アラゴン王ペドロ4世の3番目の王妃(* 1325年)
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、1375年に関連するカテゴリがあります。